地域計画家に聞く!まちづくりの”舞台装置”としての道路の可能性

2025/03/07

ほこみち制度が2020年からはじまって約5年。全国に多くのほこみちが誕生し、人中心の道路作りの機運が高まっています。
道路利活用やほこみち制度を、今後まちづくりにどのように活かしていくと良いのか?現在の状況をさらに一歩進めていく上で何が必要なのか?を深掘りするため、地域計画家であり、長崎市や東村山市の行政インハウススーパーバイザーとしても活躍される高尾忠志さんにインタビューしました。

対話のプロセスをデザインする、地域計画家のお仕事について

――高尾さんの現在のお仕事の内容や役割、大切にしている考えをお聞かせください。

わたしは、「地域計画家」と名乗っています。わたしより上の世代では、都市に携わるプランナーや専門家を「都市計画家」と呼んでいる方がおられました。しかし都市を作るだけの時代ではない、それぞれの地方のプランニングをしていくべきだと考え、自らの立場を「地域計画家」と表現しています。

地方にいくほど、民より官が主導してまちづくりを行っていく割合が高まります。ですが、自治体が主導すると、市民の意見を公平に万遍なく聞かないといけなくなります。すると、市民の要望をピックアップするだけになりがちです。しかし、それでは戦略的なビジョンを描くことができません。その場に専門家が入っていくことで、出てきたアイディアに対して、専門的な知見からより良い提案を返すことができる。自治体職員だけでは難しい、プロセスをデザインする人、市民ニーズを踏まえて事業案を絵にする役割が必要だと思って活動しています。
また、行政組織の中で「インハウススーパーバイザー」(行政内で、専門的な観点からの監修をする役割)として、長崎市の景観専門監をはじめ、東村山市の都市デザイン専門監としても仕事をしています。

――2013年に長崎市が創設した「景観専門監」は、当時、全国初のポジションだったそうですね。その役割が生まれたきっかけや背景について教えてください。

ことの発端は、東京大学名誉教授の篠原修先生が、長崎のまちづくりの場で「会議もいいが、行政内部に景観専門職を置いて、職員と実務的な協議をしていくべきだ」とおっしゃったことでした。
これにヒントを得た当時の市長が、長崎市に取り入れるべく動きました。そこで、九州大学に在職していたわたしに白羽の矢が立ったというわけです。

――「公共事業の価値を上げること」と「職員の育成」が景観専門監のミッションということですが、依頼された時はどう思われましたか。

現場での関係課・設計者との協議の様子。
[写真出典]長崎市景観専門監レポートVol.2(2013-2022)

当初決まっていたのはそのふたつのミッションだけで、前例のない職業でした。ですから、どういう仕組み・どういうスタイルでやっていくか、明確にはイメージできていなかったと思います。ですので、話し合いながら決めていきました。以前から「景観アドバイザー」という役職はありましたが、これは事業の指導を行うもので、専門監に求められる役割とは違います。

景観専門監のミッションの中に「職員の育成」が入っていたことは、個人的にはテンションがあがりましたね。元々大学で教鞭を取っていましたから教育にはモチベーションがあります。何年か経ってから、市長に「なぜ職員の育成をミッションに入れたのか?」と聞いたら、「高尾さんがいなくなっても事業のクオリティが下がらないよう、職員を育ててもらいたかった。」とおっしゃっていました。

――民間人がいきなり行政組織の中に入っていくにあたり、当時、どんな障壁がありましたか。

長崎市は長く景観行政に取り組まれてきたので、景観という言葉にネガティブなイメージを持つ方もおられたと思います。費用がかかる、規制が必要、経済活動の邪魔になる、といったイメージです。ですから「景観のためにこうしてください」と提案していくと、「景観よりもっと大事なものがある」と賛成してもらえない可能性が高い。わたしも景観至上主義ではありません。景観に対するネガティブイメージをなくして、あくまでも合理的に、まちがよくなるための公共事業にシフトしたい。そのために、まずは職員と議論をすることに注力しました。

これまでなら、道路を作る時は道路の素材だけを考えていたと思いますが、「このエリアをどんなまちにしたいのか、まちの中でこの道路はどんな役割を担うのか」を一緒に考えていきました。職員のほうもそういう思考に慣れてくると、最初は何時間も議論していたのが、最近では30分ほどで終わることもあります。

出島を尊重するコンセプトで整備された出島表門橋。
[写真出典]長崎市景観専門監レポートVol.2(2013-2022)

景観専門監は政策判断には直接関与しませんが、部長級の職員としてやると決まった事業のクオリティを上げるのが役割です。各課の課長がプロジェクトリーダーとなりますので、課長や係長以下の担当職員と具体的な内容を詰めていく協議を行います。長崎市では230以上の事業に関わりました。そのうち、ほとんどの事業で予算・工期を守った上でクオリティを上げることに成功しています。

――公共事業のクオリティを上げる秘訣は何でしょうか。

俯瞰して見るということですね。少し引いて見ると、解決の糸口が見えることがあります。そのために、まず職員と同じ視点に立って、そこから問いを立てる工夫をしてきました。なぜこの色がいいのか、目立たせたいのか・目立たせたくないのか、まちの中でどういう役割を与えたいのか、など。

わたしは打合せをする時は、なるべく現場に行くようにしています。会議室だと向かいに座って相対してしまいますが、現場に行くと横に並んで現場の風景を見るでしょう?そうするとお互いの視点が揃ってくる。特に景観は、現場にフィットさせることが大事だと思っています。

職員は、普段住民からネガティブな意見を受けることが多い立場です。でも吟味して作ったものに「ありがとう」と言ってもらえると、それが成功体験となって、仕事を「チャンス」と捉える職員が増えてきました。

――働く喜びをつくることまでマネジメントされているのですね。

長崎市では10年以上経って、問いを立てられる職員が出てきたように感じます。今や、彼らが係員を指導する立場にもなってきている。育ってきている手ごたえがあります。さらに、人事異動があるおかげで、育てた職員がシャッフルされていろんな課に散らばっていくのも、行政ならではの利点と言えますね。

――まさに“高尾イズム”が浸透しているようです。

また、ケーブルテレビで景観専門監の仕事を報告するコーナーがあるのですが、その仕事に携わった職員と一緒に出演するようにしています。視聴者にも、「市役所の職員でもこんな仕事をしている人がいるんだ!」と感じてほしい。それが市役所の働く場としてのPRになり、優秀な人材が市役所に入ってきてくれることを願っています。

いろんなエピソードから、今では市役所職員のみなさんからの近い距離感や信頼度が伺えます。

「景観」ではなく「ユーザー視点」でものを考える

――関わってこられたプロジェクトの中で、道路空間から地域のデザインに関わった取り組みがあればお聞かせください。

道路改修事業はたくさんやりました。眼鏡橋の近くに「ししとき川通り」という細い街路があります。地元からの要望もあり、歩行者メインのデザインにしたいという話が出ていたのですが、わたしが関わった頃は予算がついたところから随時設計・施工していたため、工事区間同士が整合していない部分がありました。

専門監協議前のししとき川通りは、通り全体を見据えた整備ができていなかった。
[写真出典]長崎市景観専門監レポートVol.2(2013-2022)

そこで、担当職員には「ユーザー視点」で考えるよう促しました。敢えて景観という言葉は使わず、見た目の良さというよりは、通る人の「気持ち良さ」や「安心感」とは何かを問いかけたのです。

古い写真を参考に通りの中央部分を石敷きに、両端を土色のカラー舗装にするデザインが採用されていましたので、全体を通して線形をきれいに見せることを意識しました。面白いことに、工事中から歩行者が増え、人通りができると店舗も一つオープンしました。

整備後のししとき通りを歩く住民たち。
[写真出典]長崎市景観専門監レポートVol.2(2013-2022)

担当職員は土木職で長く道路維持を担当された方でしたが、「いい工事をしてくれてありがとう」と地域の方々に感謝されてとても喜んでおられました。行政の土木関連部署は、住民からの要望は多いけれど予算は限られていて、なかなか自分のやった仕事で感謝されることが少ないのでしょうね。

――住んでいる人の誇りと、作る人の誇り。それを結びつける仕事ができるということですね。

道路は舞台装置!まちにエンターテインメントを実装し、面白いことをやる人を増やそう!

――昨今のほこみち制度創設など、道路や公共空間の利活用の可能性が拡大している状況について、どのように見ておられますか。

ほこみち制度による道路利活用の様子。(大垣市)
[写真出典]当サイトマガジンから転用

ほこみち制度の創設は、道路管理者にとってインパクトがあったと思います。これまでできないと思っていたことができる、道路空間が市民活動の舞台になる、そういう可能性に対する期待は大きいですね。また、必ずしも最終ゴールを決めなくても、まずは「やってみよう」で始められる社会実験というプロセスをよしとしているのも特徴だと思います。この二つが、行政の仕事に対して限界を感じていた人に、突破口を与えられるのではないでしょうか。

――今後の制度運用に期待することは何でしょうか。

ほこみちを導入することによってエリアに波及効果が狙われたと思うので、次はさらなる広がりを考えてもいいのではないでしょうか。

ほこみちは規定以上の幅員がないと指定できませんが、実際はほこみちに指定できないような路地のほうがコミュニティに近くてプレイヤーが揃っているように思います。例えば、路地は歩行者専用でほこみちにして、代わりに広い道路で車対応するなど、エリア全体で交通分担をする『エリアほこみち』があってもいい。

また、ストリートや公園を活用してエリア価値を高めていくには、体験的なコンテンツが大事だと思います。ものを買うためにまちに行くのではなく、時間を使う価値があるところに人が集まる訳ですから。そういう意味では、プレイスメイキングにもう少しエンターテインメント性を加えてもいいと思います。「日常的な賑わい」を超えて、例えば公共空間でパブリックビューイングをするとか。外からクリエイティブ人材が入ってきて、地元のプレイヤーと一緒にやれたらいいですね。『クリエイティブほこみち』として、道を舞台装置として使っていくような。

サッカー ユーロ2024で、道路に芝生を敷き詰めパブリックビューイングを観戦する人々。(ドイツ ベルリン)
[写真出典]Berlin.de Das offizielle Hauptstadtportal

コンテンツの種類が増えれば、フックが増える。人に来てもらうためには、ここに来ないと得られない体験を作っていくことだと思います。

――そういった活用方法や継続するための仕組みをプロデュースしていく人材も必要ですよね。

行政は財政難で建設費・管理費をかけられない、民間事業者はもちろん採算性が大前提。それで現場に立つ技術者は最低限の機能を確保するだけ、となると全然面白くない。「自分はこのエリアの価値を作っているんだ」と思える人が少しでもいれば、一緒に面白いことをやってみようと思える人が増えてくるのではないでしょうか。首長の中にも、そういうことをやりたい人はいるはずです。トップの理解や政策の方向性は、とても重要だと思います。

どんなまちにしたいのか、将来像の解像度を上げていこう!

公共空間に関わる実践者にむけてメッセージをくださった高尾さん。

――最後に、ほこみち実践者へメッセージをいただけますか。

わたしが現場にいて感じるのは、このまちをどんなまちにしたいのかの解像度が低いまま、個別の政策・事業をやってしまっている例が多いなということです。みんなでその解像度を上げていくことが必要で、社会実験もそのプロセスになり得ると思います。
エリアの将来ビジョンを持ったうえで、ほこみち制度のような「道具」を上手に使っていくことが、まちづくりの戦略です。
ともすれば、点の視点で、目の前の道路活用だけやっても楽しいかもしれませんが、そこは俯瞰的な視座を忘れず、実践していってほしいと思います。

――まちの将来ビジョンをもち、それをめざして道路の活用のあり方・活動を考えていくという両輪が非常に重要ですね。本日は大変参考になるお話をありがとうございました!